アジアな空間

日常の出来事や、アジアに関することを書き綴ります。

アジアな空間 その1595 後手後手の動きに頭にき始めてる! の巻

 ここ数日、学校を諸外国のように9月開始にしたほうがいい、コロナで長引く様相を呈してきた休校措置で一見、学習機会の確保や、学力差を心配しての発言のように見えますが、どうなの?と思いながらウォッチング中です。

 

 3月2日に東京など感染者が多い地域で休校措置を開始したとき、子供の学びの権利や、それを保障するための動きについて声を上げるより、仕事を休まなくてはいけない、どうしてくれるんだ、給食がなくなる、日中の食事の用意も負担に感じる、給食用の食材納品業者はすでに発注済みのものをどうしよう、、、などなど、子供ファーストではなく、大人の都合ファーストの発言が相次ぎ、マスコミもそれだけを取り上げて連日報道。

 

 管理人は思っていました。大人の都合に配慮することは、それはとても大事なことで必要なことです。生活保障の策を講じることも、また保障する動きも大事です。しかし!いくら間も無く時期的に春休みに入る状況下であったとしても、少なくてもすでにあの時点で欧米では今の日本以上に大変な事態になっていましたし、日本もそうなることを想定して、子供の学びのための動きを行政が取り組むべきだったのです。いま、オンライン授業を実施している学校もあれば、大した課題も出さずダラダラと2ヶ月も休校状態を過ごした学校もあるでしょう。また、家庭ごとの考え方や意識の差による学習時間の差も当然あるでしょう。

 最低限のガイドラインを示さない限り、学校間、地域間の学習機会の取り組み格差が生じて当たり前です。

 

 インドネシアの例です。

 

 大統領が自宅勤務、自宅学習実施日を発表した翌日から、学校は一斉に自宅で勉強させる体制に移りました。ネットが使える環境があればオンライン授業を、そうでない地域ではその地域や学校の能力に応じた自宅学習の徹底です。そうして、大学も含め教育機関では自宅学習を開始しました。生活環境が違いますので、休校になったら留守宅に子供だけになって困る、とか、給食がなくなると食事が困るという声は上がりませんでした。核家族が日本のように多くないのと、仮に核家族で両親とも働いている家庭があっても、親戚、近隣住民で上手に都合し、この危機を乗り越えようという気構えです。細かなことを見れば、必ず不具合、問題はあると思いますが、それでも現状、子供達は家で日々学んでいます。

 インドネシアです!新興国とか途上国は・・・と言われる国が、日本以上に教育の機会確保には迅速に動きました。

 

 昔から思っていました。日本の教育現場はいつも子供不在。主体は子供であって、その子供は将来の国を担う大事な財産、宝です。なんだか、そこらへんが適当に見えてなりません。

 言い過ぎかな?(汗